黒い手帳 | いわゆる認識の相対性

黒い手帳

 昔、まだ携帯電話などなかった時代。皆それぞれ手帳を持ち歩き、住所録、予定表、つまりはその人自身がそこに記されていた。


 深夜、アルバイトの帰り道、立ち寄った公衆電話ボックスの中で私は目の前に黒い手帳を見つけた。何の変哲もないビニール革の表紙。私は辺りを見回したが、それらしい人物が見当たる訳でもなく、友だちへの通話を用件だけで終えると、その手帳を持ったままアパートへ帰った。
 部屋に戻るとインスタントコーヒーを入れ薄暗い蛍光灯の下でぱらぱらと手帳をめくる。
まず一番初めに手帳の後ろの方、持ち主の名前や連絡先が記入される欄を探した。何も書いてはいなかった。手帳の裏表紙の対面のページには整った女文字で
真喜志 絹恵
      毅
     幸則
と書かれていて、それぞれの名前の後に電話番号が記されていた。名前の書き方と電話番号から察するに、恐らく沖縄在住の家族の番号だろう。どこかの会社から、社員に支給されるような社名の入った手帳ではなかった。
 私はちょっと困ったなと思った。すぐに連絡先が知れて、翌朝電話でもすれば済むように思い込んでいたからだった。こんな遅い時間でなかったら、先ほどの電話ボックスで連絡しただろう。
 人のプライバシーを詮索するのは気が引ける。それでも、何かを覗き見るような強い好奇心が働いたのも事実だ。してはいけないことをする、言い訳めいた理由付け。


 早速日程表の欄を確認してみる。まず今日、無記入だったが右端に

と記されている。





と右端にだいたいその順番で延々記されていた。早は早番遅は遅番だろう。公は公休日だろうか。予定表にはその記号的な文字しか並んでいない。持ち主のこれからの予定は一切書いていなかった。


 前のページを良く見ると遅の隣に指と書いてあるところがある。指の後に、1とか2とかの数字が記入されていて水商売だと知れた。水商売ならこんな不定期な休みでは困るのではないだろうか。指名が入るような店は日曜日に休みなのでは…と、私の乏しい知識から推察する。
 日付を遡っていくと、生休という字が何文字か続き、ちょうどそのひと月前の日付にも生休と書かれた休みがあった。それからローションという文字が右端に書き加えられているところがあった。


 あらら、もしかしてこの人トルコ嬢?
 トルコ嬢の日常など私は知らない。
 私の好奇心は赤黒い色を帯びて、真剣にその手帳に魅せられてしまった。


 今ではソープランドと呼ばれているが、昔はトルコ風呂と言って、確かこの頃にトルコ大使館からの要請で名称が変わったのだと記憶している。
 中野にあったトルコ風呂は看板に入浴料5000円、サービス料8000円と書いてあった。サービス料というのは女性の取り分なのだろうか。通りすがりに見てそんな金額で身体を売る女性がいることが、当時の私には信じられなかった。そのほかにはアルバイト先の大人たちの会話の中や、男の友達の自慢話のような中からの貧しい知識。いったい春を売ろうなどという女性はどんな日常を送っているのだろうか。私は夢中になって過去のページを漁り始めた。


続く